
どうもKeiです。
アメリカから帰国して数年が経った。
駐在中は「たまには日本に帰りたい」と思っていた時期もあった。慣れない土地、慣れない文化、慣れない食事。しかもコロナ禍。毎日が「こなす」日々で、正直しんどかった。駐在なのにロックダウンで在宅勤務。なんで駐在先で在宅勤務???と思いながらのミーティング(当然Teams)。
でも今、改めて振り返ると、あの3年間はキャリアにも、お金にも、人間としての器にも、想像以上の影響を与えていた。
駐在が終わってから、ようやくその意味がわかってきた気がする。少しその当時を振り返って書いてみる。
「英語ができる」じゃなくて「英語で戦える」になった
駐在前、英語は「読める、なんとなく話せる」くらいだった。TOEICのスコアはそれなりにあったけど、ネイティブとのリアルな会話になると途端に頭が真っ白になる、あの感覚。でもアメリカで毎日英語で交渉して、プレゼンして、文句も言って、冗談も言っているうちに、いつの間にか「英語で戦える」感覚になっていた。
これは日本にいたままでは、絶対に手に入らなかったもの。
特に変わったと思うのは、「言いたいことが言えるようになった」こと。駐在前は、会議で反論したくても英語が出てこなくて黙ってしまうことが多かった。相手に言いくるめられて、「あ、さっきそれは違うと言えばよかった」と後悔する日々。
でも半年、1年と経つうちに、そのタイムラグが縮まっていく。頭の中で日本語に翻訳する回路を使わなくなってきて、英語のまま考えて、英語のまま返せるようになる。
「ビジネス英語を話せる」ということの本当の意味は、スラスラと流暢に話せることじゃなくて、自分の意図を正確に相手に伝えられることだと気づいた。TOEICのスコアが上がることと、ビジネスの現場で英語が使えることは、まったく別の話だと今は思う。帰国後、英語を教える立場になることもあるが、そのたびにこの話をするようにしている。
転職活動で、駐在経験は予想以上に刺さった
帰国前、実はアメリカで転職活動をした。詳細についてはこちらでまとめているため、興味がある人はそちらを参考にしてほしい。
正直、「海外駐在経験あり」がどこまで評価されるか半信半疑だった。駐在経験がある人なんて今どきたくさんいるし、それだけで差別化できるとは思っていなかった。
でも面接では、ほぼ確実に駐在の話になった。
「現地でどんな判断をしていたか」「トラブルをどう乗り越えたか」「日本と現地の板挟みになったとき、どう動いたか」。そういう話をするたびに、面接官の目が変わる場面があった。
これは単純に「海外経験があります」という話ではなく、逃げ場のない環境で、自分の判断で動き続けた経験があるということが伝わるからだと思う。
日本にいると、困ったら上司に相談できる。チームで動ける。でも海外の現場では、時差があって、文化も違って、細かいことをいちいち本社に確認していたら仕事が回らない。自分で判断して、自分で動いて、自分で責任を取る。そういう経験の蓄積が、転職市場では「地力のある人材」として見てもらえる。
経験の絶対量が、話の説得力に直結する。
駐在中に必死で積み上げたことが、キャリアの文脈でこんなにも意味を持つとは思っていなかった。転職の話だけじゃない。社内での異動や昇進の場面でも、「あいつは海外でこういうことをやってきた」という実績は、評価の文脈でちゃんと機能する。駐在の経験は、想像以上に「使える資産」だった。
お金の感覚が、良い意味でバグった
駐在中は家賃補助や各種手当があって、日本にいる時よりも可処分所得がかなり増えた。
その分を何に使うか。最初は正直、外食や旅行に使いすぎていた。でもあるとき、「これ、投資に回し続けたらどうなるんだろう」と気になって計算してみた。折しもコロナが流行った頃である。そこから、毎月の積み立て額を増やした。
インデックスファンドを中心に、ETFも少し。難しいことはしていない。ただ、入金力が上がった分だけ積み立てを増やして、淡々と続けた。帰国後の資産は、駐在前と比べてかなり変わっていた。
でもそれ以上に大きかったのは、「生活コストを自分でコントロールできる」という感覚を掴んだこと。
アメリカで物価の高さを肌で感じながら、為替を意識しながら生活し、何にお金を使うべきかを毎日考え続けた。外食一回のコストが日本の2〜3倍、チップも加わって、最初は感覚がおかしくなる。でも慣れてくると、「この体験にこの金額を払う価値があるか」という判断が自然とできるようになってくる。
お金の使い方に関して、ちょっとだけ解像度が上がった。
帰国してから、日本での生活費がすごく安く感じた。というか、「こんなに安く生活できるのか」と逆にびっくりした。その感覚が、帰国後の資産形成をさらに加速させてくれた気がしている。
FIREに向けた動きを本格的に始めたのも、この少し後の時期からだ。駐在前は「なんとなく老後が不安だから投資している」くらいの感覚だったけど、駐在後は「いつまでに、いくら作って、どう動くか」という具体的なイメージが持てるようになった。これには実は裏話があるが、それについてはまた別な機会で話そうと思う。
「日本の常識」が、実は常識じゃなかった
これは駐在中に感じたことだけど、帰国してからより強く思うことがある。日本にいると、「こういうものだ」「こうするものだ」という空気感がある。残業は美徳、上司の言うことは絶対、会議は長くて当たり前、有給は取りにくい。そういう暗黙のルールが、無意識のうちに自分の行動を縛っている。
でもアメリカでは、そのルールが全部違う。
定時になったら帰る。有給は権利として普通に使う。会議は短く、決定は早い。上司であっても間違っていれば「それは違う」と言う。何より年の終わりのパフォーマンスレビュー(年次評価)に関して、 1 on 1で上司部下でレビューをしてボーナスや翌年の年収を査定する際、非常にこの文化の違いを体感した。
なんせ翌年の年収がそのミーティングで決まるのである。相手も自分のやってきた評価を誇らしげに披露して、翌年の年収アップを狙うのである。部下3人とこれをやっていたけど、獲物を狙うハイエナのような鋭い目をしている(当然といえば当然なのだが)。
最初は「アメリカ人は仕事をしない」と思っていた。でも観察しているうちに、仕事の成果に対してシビアなだけで、無駄なことには一切時間を使わないという合理性があることがわかってきた。
帰国後、日本の職場に戻ったとき、ある種の「気持ち悪さ」を感じた。なんでこんなに無駄な会議が多いのか。なんでメールの文章がこんなに長いのか。なんで誰も何も言わないのか。
でもその「気持ち悪さ」が明確になったのは、自分が比較軸を持てたから感じられるものだと気づいた。
海外経験のない人は、日本の職場の空気が「普通」だと思っている。でも一度外に出て、違う文化で仕事をしてきた人間は、その「普通」に疑問を持てる。
その疑問を持てること自体が、実はすごく価値があると思う。変えるかどうかは別として、「これは本当に正しいのか」と問い続けられる人間は、組織の中でも、独立した後でも、結構強い。
「自分はどこでも生きていける」という謎の自信
これが一番、言葉にしにくい。
見知らぬ土地で、言語も文化も違う環境で、それでも仕事をして、生活して、なんとかやっていけた。その事実が、帰国後の自分の中に静かに残っている。
駐在中は、本当にいろんなことがあった。現地スタッフとの衝突、本社との温度差、言葉が通じない中での交渉、一人で抱えるしかなかった判断。いかんせん自分の上は社長なので、おいそれと時間を奪うわけにもいかない。そのひとつひとつが、しんどかった。でも全部、なんとかなった。
何か新しいことに挑戦するとき、あの頃よりも怖くなくなった。
副業を始めたときも、転職活動をしたときも、フルタイムを辞めて起業したときも、「最悪、なんとかなるだろう」という感覚があった。根拠のない自信じゃなくて、「あの状況を乗り越えた自分が、これを怖がる必要はない」という、経験に裏付けられた感覚。
駐在前の自分だったら、転職も、副業も、もっと腰が重かっただろうと思う。「失敗したらどうしよう」「うまくいかなかったら恥ずかしい」という気持ちが先に立っていた。
でも今は違う。失敗してもまたやり直せばいい、というのが、頭ではなく体でわかっている。
駐在を打診されたら、迷わず行ってほしい
最後に、これから駐在を考えている人、あるいは打診されて悩んでいる人に伝えたいことがある。
迷っているなら、行ったほうがいい。
「英語に自信がない」「家族がいる」「キャリアが心配」。いろんな理由で躊躇する気持ちはわかる。自分も最初は不安だらけだった。
でも、駐在の価値は、行ってみないとわからない部分が大きい。英語力、転職市場での評価、お金の感覚、思考の自由度、根拠のある自信。これらは全部、実際に海外で生活して仕事をして初めて手に入るものだ。
本で読んでもわからない。研修を受けてもわからない。実際に「そこに放り込まれる」という経験が、人を変える。
帰国してから気づくことのほうが多い。でも気づけるのは、行ったからこそだ。
まとめ
帰国してから気づいた駐在の価値を整理すると、こんな感じ。
- 英語力 → TOEICじゃなくて「戦える英語」になった
- 転職市場での評価 → 経験の絶対量が話の説得力になる
- お金の感覚 → 可処分所得の増加+生活コストへの解像度が上がった
- 思考の自由度 → 「日本の常識」を外から見られるようになった
- メンタルの強さ → 「どこでも生きていける」という根拠のある自信
駐在中は辛いことも多い。でも、終わってから振り返ったときに「行ってよかった」と思える経験だった。その価値は、帰ってきてから、じわじわと効いてくる。
それではまた。
